衣食住の実験ノート

衣食住や育児にまつわることを、いろいろ試して、考察しています

41歳、やけどの跡が気にならない「寂しさと嬉しさ」について考える

やけどをして、かなり大きな跡が右腕に残ってしまった。

 

2週間ほど前の朝、ぼんやりしていたら、持っていたスチームアイロンを落とした。 うちのやけどケアは、たいてい「自家製ビワの葉エキス」のみで済ます(自家製とはいえ、ビワの葉を焼酎でつけただけのもの。簡単だけど薬効も高い。)

いつもそれで問題ないので、今回もエキスをペタペタと塗った。まだちょっと微妙な雰囲気だったけど、その後、日課のプールに行くために、ネットで調べた傷パワーパッド(やけどには湿潤療法がよいそうで、防水効果もあり)を貼って、そのままにしていた。

 

いつもより深刻なやけどに対して、傷パワーパッドで「丁寧なケア」をしている自分に満足していた(いつもどれくらい放置しているのか。。。)ものの、今回は、数日経っても良くならず。むしろやけどをした表皮が剥けて、じゅくじゅくした液が出るようになってきた。少し痒みも出てきたので、5日後くらいに、ようやく重い腰をあげて、皮膚科へ。処方された抗生剤の塗り薬をつけると、数日でジュクジュク期からは脱出した。

 

そして待ち受けていたのは、色素が沈着した立派なやけどの跡!

 

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やけどケアグッズ。瓶は、びわの葉。丸いクリームは、ホメオパシーのカレンデュラクリーム。

たいていのやけどには、この二つで立ち向かっています。

WELEDAは、評判がよかったので使っているけど、まだ効果のほどは分からず。

 

この跡が治らなかったら、どうしよう。

手首の下の3センチくらいのところに、縦5センチ×横3センチくらいの、わりと目立つ跡。

夏だし、けっこう目に付く。紫外線に当たると、さらに濃くなりそう。

40歳過ぎのわたしの皮膚が、このレベルの傷跡をきれいにする回復能力を有しているのか、自分でも全く自信がない。

 

でも、これが悲しいかな、跡が残ったからといって、特になんの問題もない。そして問題がないどころか、ほとんど気にすらかけていないことに気づく。

わたしの腕の傷は、痛みがなくなってしまえば、わたしですら気にしない。それより、晩ご飯の準備のほうが気になってしまう、悲しいかな、41歳主婦の日常。

 

「傷が残ったら、お嫁に行けなーい」って、もうとっくに死語だけど、そういうキャピキャピした要素が、絞れども絞れども、一滴も出てこない。ちょっと寂しくもありつつ、そういうところから解放されたんだな、としみじみ嬉しくもあったりする。「第一線からの解放」、第一線にいつ立っていたのかは置いておいて、この感じ、ジェーン・スーがエッセイで書いていた!

 

話は変わり、右ひじに、小5の時に学校の廊下のガラスを割ってできた傷が残っている。たまたま廊下に衝突して、ガラスが割れ、破片でザックリした傷跡だ。たまーに、その時のことを、跡を見て思い出す。

30年前、当時でも旧校舎と名付けられた古い校舎だったとはいえ、学校の窓がガラス製だったのにも驚く。そういえば、ぶつかったのは、確か友だちとふざけていたからだとか、その時着ていたのは、白いシャツに紺の吊りのプリーツスカートという制服で、まだ昭和の時代だったっけ?あ、平成に入ったばかりか。

傷跡を見ると、小5のその時の映像が頭に映し出されて、断片的に思い出す。

 

そんな感じで、この傷が残ったら、思い出す「きっかけ」が刻まれるのかもしれない。きっと「第一線からの解放」のこの晴れ晴れとした気分を思い出すのではないかな。

 

歳をとると、傷一つにも、こうしてあれこれ考えることができる。おばあちゃんになったら、それで一日は思索できてしまうのかもしれない。

歳を取るのは、悪くないなぁ。